3/6/2026

なぜ母は癌になったんだろう?

100歳まで生きちゃったらどうしよう
母はよくそう言っては長生きすることを心配していた。
その度に「大丈夫だよ、いつかは死ねるらしいから」なんて冗談で返していたんだけど。
残念ながら母の心配は思ったよりずっと早く杞憂に終わってしまった。

そもそも、母は何故大腸癌になったんだろう?
祖父も祖母も癌で亡くなっている癌家系ではあるのだけど。
CTの画像を見せてもらったら、大腸の一部が明らかに分厚く肥大化していて短時間でできたものとは思えなかった。

大好きだった肉を一切やめてビーガン食を嗜好するようになっていた母。最初はダイエット目的だったけれど、ビーガン料理を研究するうちに(いつか藤井風くんに食べさせたい)という目標を持っていたようだ。

これお肉そっくりだから食べてみて!
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Comments (0) その他 Tags: , — Kyo ICHIDA @ 2026/06/03 17:24
28/5/2026

シャソル・ラジオFIPライブ 

フランスの人気ラジオ局Fipでシャソルのライブが放送されました。
リリース前のニューアルバム『Funny How?』のパフォーマンスが先行公開されています。

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30/12/2025

母の推し活

葬儀で母の従姉妹さんが興味深い話をしてくださいました。
母はローティーンの頃から相撲が好きで、中学生のとき朝潮太郎(三代)を幕下くらいの頃から応援していたそうです。
場所中は取組を見るとすぐに「もっとああすればよかった、こうするといい」というような、よく言えばアドバイス、悪く言えばたちの悪いファンレターwを送っていたのでした。が、当時はメールもネットも無い時代。
毎日電報で送っていたのだそうです。
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Comments (0) その他 Tags: , — Kyo ICHIDA @ 2025/12/30 14:45
29/12/2025

両親の結婚写真

 

 

 

  

Comments (0) その他 Tags: , , — Kyo ICHIDA @ 2025/12/29 15:04
27/11/2025

母の入院日記

これは母・いちだぱとらが入院していたときのメモで、非公開にしていましたが記録としてひっそり残しておきます。

2025年4月 83歳
2025年4月 83歳
春にはまだこのくらい元気だった母が、わずか半年後にこんなことになるとは…

母とは毎日ネット通話で話すのがかれこれこの6年ほど日課になっていた。
30分から1時間くらい、ほとんどは母が見た映画のネタバレなんかを一方的に喋る。
この夏ヨーロッパツアーをした藤井風さんの話題も多かった。

9月中旬に肋骨を痛めた母は、その後呼吸が苦しいと言うようになった。
もし仮に肋骨が折れていたとしても2週間ほどじっとしているしかない。とはいえ肺を傷付けてでもいたら大変だ。
訪問の看護師さんが聴診器で音を聞いてもそういうわけではないらしい。
そのうち吐き気を訴えるようになり食欲がなくなった。

10月になり肋骨の痛みはなくなったものの、息苦しさと吐き気による食欲不振が続く。
吐き気止めを処方してもらっても効かない。
無理して食べてももどしてしまう。
訪問医療では検査に限界があるため周囲が入院検査を勧めるも、本人が頑なに嫌がっていた。
尤もこの時点ではまだ、本人も周囲もそれほどおおごととは考えていなかったのだろう。

その後も改善せず悪くなるばかりの様子なので、帰国するから入院するように説得。
あれほど検査入院を嫌がっていた母も「東大病院なら」と態度を軟化させた。
これはおそらく東大病院なら近くて僕達が通いやすいから、に違いない。
訪問の看護師さんやケアマネさんとメールのやり取りをするうち、毎日欠かさなかった母のSNS投稿が途切れる。
こちらの通話にも応答しなくなったため、予定を早めて帰国した。

2025年11月06日(木)帰国

本人は頭はしっかりしているがやはりかなり苦しそう。
にもかかわらず僕達夫婦の食事の出前の手配をしてくれていた。それどころじゃないんだから僕達の夕食なんて気にしなくていいのに、そういうところがいかにも母らしい。

心配なのは明日、東大病院を受診して入院させてもらえるかどうかだ。
訪問医曰く、東大病院に入院するには先ず外来受診してからでないと駄目だそうだが、母の状況では外来受診といっても容易ではない。やっとの思いで受診したのに、解決せずそのまま帰されるようなことになったらと思うと不安。
なので東大病院に拘らず帰宅次第救急搬送を要請するつもりでいたのだが、ケアマネさんが翌日の介護タクシーを手配していた。
東大病院に入院する難しさを繰り返す訪問医に対し、とにかく受診手配をするように母が一喝したためだった。

2025年11月07日(金)東大病院へ

朝、お土産の藤井風ヨーロッパツアー限定Tシャツを着て行くと言う母。もう自力では動けない母を妻が何とか着替えさせ、介護タクシーのストレッチャーで出陣。
母がこの部屋から外に出るのは何年振りだろうか。十年くらいになるかもしれない。
初めてこの家で独り留守番する僕に、妻がテキストメッセージで状況を逐一知らせてくれるも予想通り大変そうだった。

ストレッチャーで外来受診するにあたり、事前の東大病院と訪問医との約束でヘルパーさんを一人付けることになっていたらしい。
妻一人ではストレッチャーを移動させられないためだ。
聞いていなかったのですぐに手配しようとしたが、若い研修医さんが付いてくださることになった。
ケアマネさんによると急だったのでヘルパーさんを手配できず、奥様がいらっしゃるから大丈夫と思ったとのこと。
ストレッチャーで検査するため救急の一角を借りることに。
救急外来の看護士さんが同じ藤井風限定Tシャツをお持ちのファンで早速仲良くなったらしい。ここにもファンコミュニティーが!

しかし妻から悲観的な報告。
「今日の入院は無理かも
総合内科は(入院のための)ベッドを持っていないの一点張りで
検査結果にもよるんだろうけど
今日帰ることになったらさっきの介護タクシーの電話番号をもらったので手配はできます。」

検査の結果、しかるべき科に入院できるのなら今日のところは帰るというのもわかるけど、食事が摂れない状況のまま放置できないので、東大病院に拘らなくても直ちに治療を受けられる他の病院を探す方がいいかもしれない。
「てか、東大は無理そうだね
超緊急の検査結果なら他の病院に搬送が可能だけど、あくまでも意識不明とかならっていう感じ」

うーむ、意識不明って・・・それならやはり救急搬送を要請した方が現実的だったと思う。

「CT撮ってもらうことになった!」
「カリウムの点滴もいれてくれた!」
「CT終わってまた次の検査へ」
「東大の皆さん、みんないい人」

「CTによると右側の胸に水が溜まっているらしい
何によるものかは不明
水を抜いて検査するって
肺と胸膜の間に水が溜まってるそう
麻酔を打って抜くって
本人はやる気があるというので、同意書にサインしました。
ここまでやってくれるならこのまま入院させてーーーーー!」

「このスピード対応は日本ならでは」
「ほんそれ」
「それが吐き気の原因でもあるんだろうか」
「かもしれないって」
「水抜いてもらったら治ったりするといいね」
「だよねー
ただ今回は検査で治療ではないからなー
右側が特に多くて左もだって」

「そうなんだ・・・それは苦しかろう・・・」

「水の採取は終了して検体の結果が出るのに1時間くらいかかるそうなのでカフェに入りました」
「その日のうちに結果出る日本クオリティー!」
フランスだったら結果が判るのは早くて1週間後だろう。

「午後からは先生が変わるそうです。申し送りはちゃんとしてくださるそうです。」
「先生の見立てでは、入院すべき状態だそうです」
「ですよねー!?」
「ただ、やっぱり東大で入院できるかはわかんなくて、その場合は新たな病院を探す手はずをとってくれるって」

「先生いい人。
ご飯召し上がって下さいーって私のことも気遣ってくれた😭
昨日帰国したの?大変でしたね、って」

先生は母にも「よく来たね」って言ってくださったと後で聞いた。

「このまま東大での入院が決まりました!!!」
「入院手続き完了!
個室じゃーー!!」

夕方面会に行くと検査がハードだったようで母は疲れと苦しさで辛そうだった。
それでも入院させてもらえたことでそれまで耐えてきた苦しみが解決する兆しが見えた。
医師から胸膜に水が溜まり肺を圧迫していること、そしてCTで大腸に疑わしい部分があるため大腸内視鏡検査をする旨説明を受けた。

「ごめんね」
「何が?ごめんくないよ」
「ごめんくないよ」は謝ることなんて何も無いよという意味なんだけど、これ巷で通じるんだろうか。

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Comments (0) その他 Tags: , , , — Kyo ICHIDA @ 2025/11/27 00:25