1/7/2019

中学時代にいちばん後悔したこと

こちらのブログ記事で拝見した動画を見て思い出したことを書きました。

2歩ずつ先に進める人達に見えていなかった「自分自身の実力とは直接関係ないラッキーさ」のような特権に気づかせるのは意味があることですが、それはある程度の年齢に達してからでいいと思うんですよね。
後ろに留まってる人達は、子供のうちからでも否応なく気づかされているじゃないですか。

ぼくが通った中学は東京のちょっと悪めだけど普通の公立で、みんな家の事情はそれぞれでしたが、まだどうしようもないような差は可視化されていませんでした。このときまでは。


そして、何もできませんでした。

確かにあのとき代わりに行ってもらってもそれはこちらの自己満足に過ぎず、逆に福山さん(仮名)にとっては良くなかったんじゃないかという意見はありました。

後で聞いた話ですが、家庭環境故かお兄さんもお姉さんも完全にグレており、そんな風には全く見えずむしろ縁遠いように思われた彼女自身も結局グレてしまったとか……そして二十歳前の若さで亡くなってしまったのだそうです……。

SNSで「教師がひどい」という意見も貰いました。

この先生は単に配慮が欠けていたのか、
さもなければ(君は行けなくて気の毒だが他にも行けない人がいる)と伝えたかったのか、
もしかしたらぼくが「申し出」をすることを期待したのかもしれません。

今となってはもう知る術もありません。


Comments (0) Filed under: ブログ Tags: , , — Kyo ICHIDA @ 10:58 PM