24/8/2006

ルーヴル美術館ヴァーチャル・ツアー制作裏話

日本語版スクリーンショット 1997~2007

日本語版スクリーンショット 1997~2007

日本語版スクリーンショット 1997~2007

フランス語版スクリーンショット 1997~2007

フランス語版スクリーンショット 1997~2007

今日届いたAppleのニュースレター”QuickTime News – Japan : 8/24/2006“を見て驚きました。
ルーヴル美術館のヴァーチャル・ツアーが大きな写真入りで紹介されていたからです。

Visite virtuelle : Musée du Louvre

 (わぉ、まだあったんだ…懐かしいなぁ、でも何で今ごろ?…ああ、『ダ・ヴィンチ・コード』のサントラの宣伝か、なるほど)

このサイトを作ったのはもうかれこれ9年も前のことです。
最初の対象ブラウザは懐かしのNetscape2.0とMicrosoft Internet Explorer3.01でした。QuickTimeのバージョンは2.5 (遠い眼…)
97年の6月頃に短期間で自由に楽しんで作ったのを思い出します。
なぜ一介のフリーランスのデザイナーにすぎなかった僕がこの仕事を任されたのかを思い起こすと、僕が今フランスで仕事していることにも微妙に関係していることに気づきました。


96年、友人のヤンがパリでウェブ制作会社を立ち上げました。しかし当時フランスではまだホームページの必要性がそれほど認識されてはいなくて始めは苦戦したそうです。年末にヤンから相談のメールが来ました。
「ルーヴル美術館がサイトの日本語版を作るにあたってスポンサーになってくれる日本企業を探しているんだけど」
(実はこの案件が取れるかどうかに出足でつまずいた会社の存続がかかっていた、とずっと後になって聞きました)
「じゃあクライアントに話してみるよ」
いくつかの案件でお世話になっていた資生堂宣伝部の方に伺ってみたところ、企業文化を重んじる社風もあって幸いにもとんとん拍子に話が進みました。
けれども当時のルーヴル美術館のサイトはMozaicを対象に書かれたような、正直寂しい代物だったので、最初にご相談させていただいた資生堂の方の発案で「当社の寄贈という形でQTVRコンテンツを作りましょう」という展開になったのでした。

97年の最初の撮影には当時ずっと仕事を手伝ってくれていた日仏ハーフの友人が通訳として撮影隊に同行しました。ルーヴル美術館のヴァーチャル・ツアーの紹介に必ずと言っていいほど使われる夕景のピラミッドは、実は撮影許可が下りずさんざんもめて、警備員が確認のためオフィスへ行った一瞬の隙に撮影したそうです。もしこのショットを押さえていなかったらあとあとシンボルに困ったことでしょう。

やりたいようにやらせてもらえる仕事はそうあるものではないですよね。出来上がってきたパノラマのためのステッチ写真を眺めていたら悩まず自然にインターフェースは決まったのですが、当初ルーヴル美術館の一部保守的な方から「なぜピラミッドが回るんだ!?前衛的過ぎる」という意見もあったそうです。(ちなみに全く余談ですがこのサイトのワイヤーフレームはamapiというフランス製の3Dソフトを使っています)

実際にルーヴル美術館を訪れることが難しい人にも雰囲気を感じて楽しんでもらえたら…、と思いながら制作しました。

当時の資生堂コンピューターデザイングループのご担当の皆様にはドメイン取得の手続きやサーバ運営も含めたいへんお世話になりました。
いろいろな方のご尽力で公開にこぎつけたサイトは幸い好評で、翌年続編を制作できることになりました。
しかもサイト制作だけでなく撮影も含め全て任せてもらえることになったので、気心の知れた仲間を集めて少数精鋭低予算チームを結成しました。
速撮りでパノラマステッチの名人菊竹さん、前年も参加した通訳の友人恵、美術館で働いた経験があり、ルーヴル内部を知り尽くしたわびすけ、現地ではAtoll Bleuから、徴兵のとき高所恐怖症を克服するためにパラシュート部隊に志願したという変わり者ローラン。
日本がバティにゴールを決められ初戦を落としたのを見届け出発しました。そう、ちょうどワールドカップ・フランス大会が開催されていたのでした。でも誤解なきように…忙しくてテレビですらまともに観戦する暇はありませんでした。

撮影できるのは休館日の火曜日だけです。スケジュール上チームの滞在は2週間、つまり2日間しかありません。
広大な美術館を念入りに下見して前年とかぶらないように (ミロのヴィーナスは前年のObject VRの回転の軸がぶれていたので撮り直すことにしましたが) 撮影場所と撮影順番を決めていきます。
撮影当日は移動効率を考え車イスの僕はAtoll Bleuのオフィスに残って後方支援。合間合間に入るわびすけから報告の電話を待ちます。
実は東京を出発する前から撮影希望の場所を申請していて、許可が下りなかった場所もあったのですが当日同行する学芸員さん曰く「どこでも撮っていいよ♪」とのこと!
学芸員「とりあえず最近ミイラが入ったんだけど、どう?」
一同 「ミイラ〜?」
丁重にお断りしたものの、その後もしきりにミイラを撮って欲しがっていたそうです。
一カ所目を撮影し、撮りまくる気合い満々でテンションも高い一同は「さぁっ、次行こう!」
すると件の学芸員さん「みんな、カフェでも行こうよ♪」
時間がないから (そう、このときはひとつのパノラマを作るのに広角レンズで8枚撮影するので時間がかかるのです)、と相手にせず撮りまくっていたらいつのまにか居なくなり、またいつのまにか戻ってきたときには満足そうなコーヒーの匂いがぷんぷんしてたそうな。
撮影途中ではこんなこともあり、レリーズが使えなくなったと聞いて短いセルフタイマーで撮ってもらったり。
チームは朝9時から夕方5時まで文字通りヘトヘトになるまで取り組んで2日で撮影44カ所という、凄い数字を叩き出しました。この量と質は他のチームでは無理だったと思うので彼等を誇りに思います。

当時はフィルムのカメラで、上下まで見せることのできるパノラマもまだありませんでした。今だったら魚眼レンズを使って遥かに少ない枚数で豪華な天井や床の模様までも見せる事ができたでしょう。
圧縮フォーマットも画質より当時の下位互換を優先しなければなりませんでした。
(下位互換といえばQTVR間でリンクを張りたくて、でもQuickTime3.0より前のバージョンでも見られるようにするために、Apple社に一世代前のオーサリングツールを提供してもらえないか頼んだことがあったのですが結局実現しませんでした。Pluginなしで見ることができるJavaPanoramaには一部リンクを張っています。あ、あと期間限定でモナ・リザを含む一部の有名な絵を、画家のサインが読めるほど拡大できるようにしていたこともありましたっけ…)
デザインもすっかり古くさくなり、できることなら今の技術で作り直したいくらいです。
けれども9年も前のサイトが紹介されるなんて珍しいことですし、一時は世界で最も見られたQTVRだったという噂なので、少なくともQuickTimeのWindowsへのインストール数には貢献したサイトかもしれません。

この秋ルーヴルのサイトの日本語版がリニューアルされるらしいのでこのオリジナル・バージョンはたぶん姿を消すことになるでしょう。実は98年の第二弾を作っている最中から「ルーヴルのサイトのデザインに合わないから」という理由でもっと早く無くなるかもしれないと聞いていました。正直ヘコみましたがそれでも何とかモチベーションを下げずに完成させ、その後こんなに続くとは期待していませんでしたが、無くなるとしてももう残念とは感じません。充分役目を果たしたと思いますし、今後もっと良くなることに期待したいと思います。

とにかく『ダ・ヴィンチ・コード』とApple社のおかげで久しぶりに懐かしい記憶が蘇りました。
当時たいへんお世話になった資生堂コンピューターデザイングループと企業文化部の皆様、初年度に素晴らしいお仕事をされた大林組の皆様、SGのご担当の皆様、LivePicture社ならびに凸版印刷のご担当の皆様、撮影チームのみんな、当時日本に来たばかりでひたすらうちでJavapanoを手伝ってくれたKeiくん、そしてAtoll Bleuの仲間達 (その後3回目に誘われたときパリに移ることを決めました)、その他お世話になった皆様に改めてお礼を申し上げます。そして誰よりも、岩城さん、T.K. Upperfieldさん、戸村さん、上野さん、神林さんに特別な感謝を。
思い出深い仕事をどうもありがとうございました。
 


10 Responses to “ルーヴル美術館ヴァーチャル・ツアー制作裏話”

  1. arata 25/8/2006 at 1:52 AM

    わー、すごい!これってkyoさんが作ったものだったんですか!!
    発表当時、すでにこの業界にいたので、当時のこと思い出しましたよ、すごく話題になりましたよね。
    今見ても素敵。ものすごく手がかかっていて作ること考えると気が遠くなりそうな……。
    しかし9年かぁ…。早いなぁ(笑)

  2. kyo 25/8/2006 at 3:05 AM

    arataさん、ありがとうございます!
    どんなふうに話題になったのかはよく判らないのですが、雑誌やNHKなどでも取り上げられたようで、たぶんarataさんのいらした会社にもお世話になったように思います。
    今だったらもっと楽に遥かに良いものが出来そうです、ブラウザも圧縮技術も格段に良くなってますし。
    9年、本当に早いですよねぇ (笑)
    何かいろんなこと思い出してしまい、なかなか書き上げられません (汗)

  3. Fingazz 25/8/2006 at 4:08 AM

    Kyoさん。
    懐かしいですねー。
    java panoramaのhotspotとか。w

  4. kyo 25/8/2006 at 4:59 AM

    お、FingazzことKeiくんニアミス!
    今書き終わったよ〜、つーか書き終わるまで出すなよ>自分
    いろいろあり過ぎてほんとはまだ書き足りないけど。。。

  5. わびすけ 25/8/2006 at 5:35 AM

    んああああ!懐かしいっ。
    いまだにアポロンの間は66番とか覚えているよ(笑)
    結局ミイラは「こっちこっち♪」って連れて行かれて観させられました。
    そうか、いよいよリニューアルなのね。
    じゃあ今のうちに「シャッター押している間この柱に隠れていたな〜」とか思い出に浸りながら見ておこうっと。

  6. kyo 25/8/2006 at 6:25 AM

    いやいやたぶんインターフェースが変わるだけでパノラマ自体はなくならないと思うよ。
    かなり大変な面もあったけど、あらゆる意味で忘れられない仕事だったね。そういう仕事はなかなかないから、やって良かった。

  7. 上野 25/8/2006 at 6:34 AM

    うげ!!!!なつかしい。
    あれが初めての海外。
    朝の公園で物取りにひったくりされそうになるわ、部屋では恵爺がダニにやられて大変な事になったりでした。
    撮影もたしかストがおきていて、その中でも撮影したような記憶が。
    でもとっても楽しかったです。
    もう9年ですか…
    いろいろおもいだしてきた。
    また行きたいです。

  8. kyo 25/8/2006 at 6:40 AM

    上野さん、その節はたいへんお世話になりました。
    本当に時の経つのはあっという間ですよね。。。
    また是非いらしてください!

  9. 恵爺 26/8/2006 at 3:03 PM

    あはは、そんな事もあったっけな(遠い目w)
    その節は色々お世話になりました。っつうかご迷惑をおかけしましたm(_ _)m
    まさか軽く「どう?」って降ってきた話が実現するとは思わなんだ。
    菊竹さんに触発されてQTVRセットを買ったけど滅多に使わないもんな(ノ∀`)タハー
    そうそうさりげなく写されたい衝動に駆られながらも柱の陰から見てたっけw
    しかし許可がおりるとかおりないとか煩かったね。白黒の国だけあって。
    三脚立てただけでガードマンが飛んでくるし…
    そのガードマンが許可を確認しに行ってる間にサッサッと回しておいて、
    「許可がないので( ´ω`X( ´ω`X<ダメダーメー」って戻ってきても「あーそーですか」。
    んで結局使われてるって(笑)
    あの入り口のlaissez-passerってまだ使われてるんだろうか。
    いずれにしても懐かしい、思い出たっぷりのニュースじゃった♪

  10. kyo 26/8/2006 at 6:03 PM

    そう、その後もパノラマはルーヴルのサイトの主要コンテンツのようだし、もしこの企画が無かったらもしかすると内容的には寂しい状態が暫く続いていたかもしれないね。
    当時のメールをちょっと見てみたら、このプロジェクトで数百通のメールをやりとりしてて、制作そのものより諸々のネゴシエーションの方がたいへんだったことを思い出しました。
    97年にヴァーチャルツアーを公開した後にルーヴルがリニューアルした寒色系のサイトには確かに合わなかったけど、新しいサイトは不思議とヴァーチャルツアーの色合いに似てるような気も…。(^^;)
    なにはともあれ、普段の混雑ぶりを見ると人の居ないルーヴルで作品と一対一で向かい合って撮影できたというのは貴重な経験だよね。
    そうそう、上野さんも記事を書いてくださったのでこちらにリンクを。
    http://ameblo.jp/acintosh/entry-10016236172.html