4/3/2017

ら抜き言葉は日本語学習者には合理的!?

めっちゃウザがられそうで恐縮なんですが、いきなりプチ自慢?からはいります。
学生の頃、英数が苦手な落ちこぼれでしたが国語は好きで得意科目でした。
どの程度だったかというと、中三最後の全国共通学力テストで国語だけ偏差値80でした。偏差値って今でも使ってるのかは知りませんが、Wikiによると偏差値80は全体の0.13499%だそうなので、仮に当時中三が全国に100万人いたとするとトップ1350人です。(そう考えるとトップ1人じゃないしたいしたことないんでやんの)
当時ひやかしで社会見学的に通ってみた近所の駿台予備校でも授業中にビートルズの本を夢中で読みふけってしまうアホっぷりでひどい成績でしたが、国語だけは成績上位者リストに載ったことがあり、間違えるとしたらいつも漢字でした。今も漢字はますます書けなくなってるんですけどね…。
恥ずかしい前振りはこのくらいにしときます。

まぁそんなわけで、数少ない得意科目だった国語には愛着やこだわりもあり、なるべくちゃんとした正しい日本語を使うようにしなきゃいけないと思っていたのです。
なので、いわゆる「ら抜き言葉」にも違和感がありました。

ところが、日本語を勉強している友人に質問をされたりするようになってだんだん考えが変わってきたんです。
もうら抜き言葉は積極的に活用していってもいいんじゃないかと。

外国人にとっての日本語の難しさとは?

今日たまたま大阪出身の友人と「ら抜き言葉」の話になったのですが、関西弁ではら抜きが当たり前故に「ら抜き言葉」ということばを最近まで知らなかったそうです。
しかも関西弁では「ら」どころか「が」や「を」などの助詞まで省略してしまうとのこと。それでも通じるんですよね。

常々思うんですが、日本人って何でもコンパクト化するのが好きだし得意じゃないですか。
主語も省略して、略せるものはどんどん略して短くし、極めつけは旅の思い出までも五七五の17文字に圧縮。
しまいには「あ」「うん」の呼吸でコミュニケーションできちゃうんですから、もうほとんどテレパシーかっていう。

どんな言語にも容易に説明のつかない例外とか、昔からの習慣によってそうなっているとしか言いようのない表現があって学習者を悩ますものですが、比較的難易度の高い言語である日本語の救いは動詞が主語によって変化しないことではないでしょうか。
しかしこのことが「主語を省略可能」という特徴と相まって、常に主語が何か、責任の所在をハッキリさせる言語に比べるとやっぱり曖昧というか、
「Oh…ニホンゴヨクワカリマセーン」となる遠因かもしれません。
日本語って、察することが求められる言語なんでしょうね。
圧縮されたものを解凍して推察するスキルが求められるとなると、そりゃ外国人からしたらハードル高いですよね。
そして同音異義語が多いこともかなり難しいようです。

以下は昔、フランス人の友人のために考えた活用表の一部です。

verb

négative politesse politesse négative
Présent TABERU TABENAÏ TABEMASU TABEMASEN
Présent progressive TABETEÏRU TABETEÏNAÏ TABETEÏMASU TABETEÏMASEN
Imparfait TABETEÏTA TABETEÏNAKATTA TABETEÏMASHITA TABETEÏMASEN DESHITA
Passé TABETA TABENAKATTA TABEMASHITA TABEMASEN DESHITA

自分は日本語を教えることに関して経験のない素人ですしもっと良い外国人向け日本語教育メソッドがあるのでしょうが、要は活用にはパターンがあって、同じタイプの動詞*なら語幹を入れ替えればもちろん他の動詞でも使えること、「U」の音で終わるのは動詞の現在、「A」で終わると過去、否定には「N」が入る、といったような法則性を意識してもらう意図でした。

*この表の例では語幹の最後が「E (え)」の音なのでここに挙げた動詞は下一段活用です。

ら抜き言葉になる動詞はある程度限られる

これらの動詞の「受動」「可能」そして「尊敬**」はいずれも同じ形・音になるため、どの意味で使われているのか文脈から判断する必要があって難易度アップです。
そこで「ら抜き言葉」を使えば「可能」にしかならないので「受動」「尊敬」とは明確に区別できることになります。

verb politesse
受動 TABERARERU TABERAREMASU
可能 TABERARERU TABERAREMASU
可能(ら抜き) TABERERU TABEREMASU

ただ残念ながら、何でもら抜き言葉にすればシンプルになってハッピー!という簡単な話ではないんですよね。
ら抜き言葉は上一段活用、下一段活用、カ行変格活用(「来る」のみ )のいずれかの動詞の一部で成立します。五段活用とサ行変格活用の動詞ではら抜き言葉にはなりません。
しかも上一段活用、下一段活用であってもら抜き言葉にならない動詞もたくさんあって、結局ややこしいです。
例えば上一段活用の「見る」はら抜き言葉になるけれど、下一段活用の「見える」はなりません。
他にも「れる」がついても可能の意味にならないことばも多いですし、更に「られる」がついても受動にはならない上一段・下一段の動詞をら抜きにすると不自然になります。
例えば「得られる」は通常可能の意味しかないですよね? こういう動詞を「得れる」と言うのはやはり誤りでしょう。
まったく一筋縄では行きません。

そんなハードな状況なので、せめて「ら」を抜いても意味が変わらない動詞に関しては、時代の流れに伴う言語の変化と割り切っても良いと感じるようになった次第です。
友人が微妙な日本語を話してくると、くそ真面目過ぎてつい正しい日本語を教えなきゃって思っちゃいがちなので自戒を込めて。どんどん積極果敢に喋った方が上達も早いですし。
逆に東洋語学院の日本語科を出てるような上級者が間違えてるときにはそっと教えてあげるのが親切なんでしょうけど、なぜかそういうときはついスルーしちゃうという。

でも今のところはまだ受験生はら抜き、ダメ、ゼッタイ。減点されちゃうので。それに関しては、可能動詞とら抜き言葉の区別がつくようになると文法の得点上がるかもしれません。

むしろその分、敬語にリソースを割くべきでは

個人的にはら抜き言葉に目くじら立てるよりも、敬語に力を入れる方が重要に思えます。尊敬語・謙譲語・丁寧語を理解することは日本人にとっても難しいですが、これらを学習することは国の文化的背景を理解することに繋がりますし。

**尊敬の意味での「られる」は多くの場合、より適切な他の表現に置き換え可能なのでやがて廃れていくかもしれません。
例えば「食べる」の尊敬表現は「食べられる」よりも「お食べになる」や「召し上がる」の方がしっくりくるのではないでしょうか。

大抵のことはだんだん慣れてしまう

中学の頃、テレビで「全然大丈夫」ということばを初めて聞いたとき凄く違和感があったんですが、同時に面白い表現だな、と思いました。
「全然」のあとには否定が来るはずなのに「大丈夫」という肯定との組み合わせが新鮮だったのです。
月日は流れ、今では当たり前のようになって違和感もなくなりました。
ほんの数十年でも変わるのですから、大昔に使われていた語法が変化してゆくのはやはりある程度必然なのでしょうね。

外国人に便利な動詞をひとつ教えるなら

余談ですが、もし外国人にひとつだけ便利な動詞を教えて欲しいと頼まれたら「する」がいいんじゃないかと思います。
このサ行変格活用の動詞さえ覚えていれば、あらゆる名詞にくっつけるだけで意味が通じてしまうので便利。
って、そんなこと頼まれないか。


Comments (8) Filed under: 日常の疑問 Tags: , , — Kyo ICHIDA @ 7:51 AM

8 Responses to “ら抜き言葉は日本語学習者には合理的!?”

  1. アキバK黒猫武闘派 5/3/2017 at 2:48 AM

    成績上位者氏名の横の所属中学校が何故か、中央二中、になってたヤツかw

    • kyo 5/3/2017 at 3:47 AM

      えっ、中央二中ってなってたんだっけ!?全然覚えてないww
      ていうか所属中学校名が表示されてたことも覚えてなかったよ、載ること無かったからw
      いつもながら鬼のような記憶力だね〜〜

      • アキバK黒猫武闘派 5/3/2017 at 12:40 PM

        事務に訂正して貰った方がイイよ、ってオイラが言って、一緒に一階の窓口まで行って、クラス担任か何かの人に申告したけど、「あ、直しておきます」だけで、多分スルーwされてたと思う。
        駿台面白かった。
        授業中にkyo君がメモ一枚ずつ寄越してきて、何かと思ったら、こうだもんなw
        kyo君 : 一枚目「○○(同じクラスに居た女子即ち二中の人w)の友達。」
        オイラ : (ん?なんだナンダ???)
        kyo君 : 二枚目「おばんくさいかお」
        オイラ : 「w」
        もう時効だよなw

        • kyo 5/3/2017 at 5:08 PM

          えーーー!?全然覚えてない。。。
          ひとの容姿をどうこう言える立場にないのに…まったくロクでもない中坊だ…

          • アキバK黒猫武闘派 6/3/2017 at 1:30 AM

            若いって、イイよねw
            やってる事は今でも大して変わらんけどw

            • kyo 6/3/2017 at 2:19 AM

              そうなんだろうか…メモまわした覚えも誰かをディスった覚えも無ければそのクラスに誰が居たのかすら記憶に無い…
              まぁ行儀の悪い馬鹿だったことは確かなんだろう…orz

              • アキバK黒猫武闘派 6/3/2017 at 6:32 AM

                えー、そんなに自分を追い込まなくても。
                昔を振り返っても、得に自慢も無ければ、何の後悔も背徳感も恥もありません。
                あの時、あんな事やってたな、と言う記憶だけ。
                だから良く覚えてるんだろう。

                • kyo 6/3/2017 at 4:01 PM

                  自分を追い込むっていうか、馬鹿なのはそういうもんだからしょうがないけど嫌いなタイプの悪ふざけだったのがショックなだけw