16/7/2010
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昔祖母が描いた伯母の子供の頃
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今年69歳になる伯母(母の姉)が癌で亡くなりました。
伯母のことを考えると、受けてきた影響がいかに大きいかが懐かしく思い出されます。
生前に伝えることができたかどうか判らない感謝と、思い出のいくつかを書いておきたいと思います。
僕がまだ3歳くらいの頃、貰ったばかりの積み木で遊んでいたときのこと。
単純に立方体の上に三角柱を乗せることでプリミティブな家を表現していた僕に、建築家の伯母は細長い角柱で柱を4本立ててから梁を渡し、屋根を斜めに乗せて見せてくれました。
平べったい積み木が斜めに積まれた瞬間、わ!こんなふうにしていいんだ!という驚きと喜びを子供心にも感じて刺激を受けたのを覚えています。
ものを作るときは見方を変えたりして自由に発想していいんだ、という最初の重要なヒントをくれた気がします。

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26/8/2008

2005年12月19日 東京都写真美術館にて

2008年1月15日 MEPにて ローザンヌのレイラさんと

手ブレやピンぼけばかりで申し訳ない…

2008年1月15日 MEPでのひとコマ

2008年1月24日 Galerie CAMERA OBSCURAにて ラルティーグ財団代表のマルティーヌさんと

時事漫画でサルコジ大統領と共演! ガブリエルさんが薫子さんに送り、それを送ってくれたもの.「Shoji Uedaの平和の世界を乱すサルコジの巻」


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薫子さん、どうしてもお礼が言っておきたくてこれを書いています。
考えてみると、津田さんのご紹介で知り合ってから実はたった3年しか経っていないのが不思議なくらい。ずっと前から知っていたように感じるのは、初対面のときからわびすけとどばた話で盛り上がったり、ほぼ同学年で共通の話題もいっぱいあったからかもしれないけど、それだけではなくどこか心の中で何か近い部分があったからのような気がします。
心臓に問題を抱えていても、常にポジティブで知的でユーモアがあった薫子さん。
人なつこく誰でも分け隔てなく同じように接して (ときに座敷童や幽霊?にまで!)、人と人を紹介し繋ぐのもとても上手、その人間力は真似したくても真似できない目標でした。
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27/4/2008
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多様性を許容し調和できない社会に真の明日は無いよね。
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8/7/2007
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もはや完全に風化したネタですがいちおう後日談を。
以下はわびすけのメモから抜粋。
1/8(月)入院
1/9(火)飛行機キャンセル
1/12(金)固いコルセット型取(まだ立ち上がれないため延期)
1/16(火)柔らかいコルセット採寸 座った!!
1/17(水)座って脚を下ろした
1/18(木)立った!!
1/19(金)コルセット仮合わせ 車椅子に乗った
1/20(土)車椅子でトイレに行った
1/22(月)病室をちょっと歩いた
1/23(火)寝たままお風呂
1/24(水)車椅子でトイレへ
1/25(木)歩行車で廊下を歩く
1/26(金)コルセット出来上がる 歩行車で廊下を2往復。
1/27(土)足を下ろして座った姿勢で仕事1h
1/28(日)連続2時間座った
1/29(月)2本の松葉杖で単独で歩く!!
1/30(火)階段を10段くらい昇降
1/31(水)階段練習
2/3(土)退院!!
リハビリの先生にもとても元気づけていただきました。正直ヘコんでいたので松岡修造のような声で励まされとてもありがたかったです。(主治医の先生とリハビリの先生には今でもときどきメールで近況を報告させていただいています)
退院の日も最後のリハビリしていただき、廊下を2本の松葉杖で歩く練習をしているとお世話になった看護士さんがふたり、(僕の気を散らさないように) 音の出ない拍手をしながら見守ってくれていました。
「市田さん背が高いんですね」
「でもこの怪我で身長2cmくらい縮んだという噂も (笑)」
「じゃあほんとはもっと大きいんだぁ」
なぜか卒業式のようだなぁと少し懐かしいような不思議な気がしました。
その日の午後わびすけとタクシーで帰宅。振り返ってみると、1ヶ月弱の入院生活は回復に努めることと限られた時間で仕事することに必死だったおかげであっという間でした。
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6/5/2007
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怪我や病気で動けないとき、何が困るってそりゃあやっぱりトイレではないでしょうか。
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