チップとの再会

朝、電話の音で起こされる。
「もしもし?」
「Kyo !? It's Chip !」受話器から懐かしい声が。チップだ!一気に目が覚めた。
「ロサンゼルスにいるんだって!?」
ふたりとも興奮状態だった。とにかく会おうということで、今日の予定が決まり次第彼の携帯に電話を入れることに。数時間後の再会を誓って電話を切る。特別な一日の始まりだ。

幸いこの日は特にこなすべき予定がなく、明日のラスベガスへの移動を控えてゆったり過ごすことになっていた。昼前にロビーで集合。Samさんがマリーナ・デル・レイのレストランでビュッフェブランチを予約してくださっていた。
マリーナ・デル・レイへ向かう車中でChipの件を報告。突然の我儘なお願いにもかかわらずゆっくり再会できるようにアレンジしてくださるとのことで大感謝。さっそくSamさんの携帯をお借りしてChipと相談、夕方彼の仕事が終わったらホテルへ訪ねてくれることになった。考えてみると、会うのはなんと13年ぶり!
Chipと再会を果たすことは僕にとって特別な意味があった。彼は青春の最も充実した時間を共有したかけがえのない友だったからだ。「いつか四葉のクローバー・ハントに行こう」という再会を誓うあいことばを思い出す度に自分達がその頃まだどんなに若くてどんなふうに感じ考えていたかを思い出す。


「大切なのは,飛ぶことだ.いかに速く飛ぶかということだ」・・・でもこれはペリカン.そして釣り禁止.
ヨットハーバーを眺めながらのブランチ。東京であくせく仕事ばかりしていた時には想像し難い開放感に満ちた優雅なひととき。
ゆったりした食後の余韻を味わっていると急に辺りが猛然と騒がしくなった。農協か何かの日本製おじちゃんおばちゃんの団体登場。いや、別に偏見とかじゃないんだけどマリーナ・デル・レイを突然熱海の温泉場に一変させるジャパニーズ団体旅行客のパワーは凄い。そそくさと熱海ブラックホールから脱出する。
ヨットを眺めながらハーバーを散歩。ここにヨットを持つような人たちはいったいどんな生活をおくっているのだろうか? さぞかし優雅なものに違いない。

午後はサンセット・ブールバードにあるギターセンターという楽器店へ連れていっていただくことに。店の入り口の床にいろいろな有名ミュージシャンの手型がはめ込まれている。
まっすぐドラムコーナーへ。店員さんからスティックを借りて試奏。アコースティックドラムを叩くのはかれこれ2年ぶり。フロアにはドラムセットが15台くらい組んであり、他にも2〜3人のお客さんが叩いていた。さすがに黒人ドラマーは上手い。ひとりの黒人ドラマーが「もっと手首のスナップを使うといいよ」と気さくにアドバイスしてくれる。サンクス!
以前から持ち運びの楽な軽いスネアが欲しかったのでスネアドラム・コーナーへ。
ラディックの安いものを買うつもりだったのが、DW製品がたくさん並んでいるのを見て気がかわる。ラディック製品は日本でもたくさん見つかるけれどDWを一度にたくさん叩き比べる機会はなかなかない。しばらく叩いて、迷った末少々値ははるけど単板の最も鳴りのいいものを選んだ。
「これください」
「これかい!ヒュ〜、こいつは超ビューティフルなドラムだよ!」と調子のいい店員。
FEDEXか何かで送ってもらおうと手続きしているとSamさんがいらして「送料よりケースの方が安いなら持って帰ろうよ」
「いえ、かさばりますし、重いですから送りますよ」
「だいじょうぶだいじょうぶ」
送料は100ドル、ハードケースが50ドルだった。結局お持ち帰りすることに。店員さんが「こっちのケースの方がいいよ、インナークッションあるし」と、よりぴったりなサイズのケースに替えてくれたので気が利くなぁと思ったら何のことはない、実はSamさんが「そんなぶかぶかじゃなく内側にクッションのあるやつないの?」とつっこんでくださったおかげと後に判明。
「やっぱり物欲ビームでたね」とSamさんも喜んでくださった。
その後ビバリーセンターという大きなショッピングセンターへ。待ち合わせ時間を決めて各自買い物。トゥイーティーたち満載のワーナーのショップにつかまってしまう。その他日射しの強いラスベガスに備えてサングラスやカジュアルな服、わびすけもバッグ等を購入。ふだん買い物をそれほどしない僕達にとってこの旅では1年分くらい買い物したような気がするといったら大袈裟か。

夕方ホテルに戻ってChipをそわそわしながら待つ。途中彼から電話があり8時頃着くとのこと。15分前にはロビーに降りて待つ。13年の歳月がどんなふうにふたりの間を流れただろうか?
『もし君が幸運にも青春の一時期をパリで過ごしたなら、パリは一生君についてまわる。なぜならパリは移動祝祭日だからだ』というヘミングウェイの有名なことばを思い出す。まさに言い得て妙。青春の2年間を過ごしたパリは何だかんだでその後も僕についてまわってくれている。そしてChipのおかげで僕のパリ生活はいっそう楽しいものになったのだった。
気がつくとChipがにこにこしながらこちらに歩いてくる。懐かしい笑顔。しばし男の抱擁。居合わせたわびすけがうるっている。
「kyoはちっとも歳とってないね」
「進歩がないのかも」
以前より髪を短く切ったChipはとても元気そうだった。
そのときロビーに降りていらしたSamさんたちにChipを紹介。今回初めてアメリカへ来れたのはSamさんのおかげであることを説明するとChipもSamさんにとても感謝してくれた。
積もる話はさておきSamさんが予約しておいてくださったホテルに隣接するハワイアン・レストランへ移動。ブレード・ランナーに出てきそうなハワイアンとおぼしきウェイターのお爺さんはSamさんのオーダーに「2つでじゅうぶんですよ!」みたいなことを言ってて可笑しかった。
暗いところが全くなくて誰からも好かれるChipはすぐにSamさんたちともうちとけて夕食はとても楽しいものに。彼の近況を訊ねると映像作家の他にもいろいろなことをやっていて、ハリウッドに移ってからはCMに出たり[註1]もしているとのこと。なんでもハリウッドの彼の家周辺は意外な動物が出没するそうで、スカンクの来訪で飛行機に乗れなくなりそうになった話等に笑う。
そして想い出話に夢中に。ふたりの出会いがどんなふうだったか。当時のいろいろなエピソードについて。一緒にたくさん曲を作った[註2]こと。仲間たちがその後どうしているか。一度パリへいらしたChipのお母さんが今でも僕を覚えていてくれていることやうちではネコにChipという名がついていること、等々等々。
わびすけによればChipと僕が話に夢中になっている間、ロドさん達は「なんか、いいよなぁ」と言いながら暖かく見守ってくださっていたそうだ。ひょっとしたらSamさんもLAに留学していた頃のルームメート達のことを想い出されていたかもしれない。
会話の中でChipが印象的なことを言った。
「遅すぎるっていうことはね、決してないよ」
そのことばは沁みた。今まで「今からそんなことしても遅い」って言われることがずいぶんあったし、自分でも留学していた頃「もっと早く、もっと身体の自由が利いた頃に来ていればなぁ」と常々思っていた。けれどもその後もっと身体が利かなくなったことを考えれば充分「間に合った」わけだしそれでChipとも出会えたのだ。[註3]
「現にちゃんといいタイミングでアメリカに来れて再会できたじゃないか!」とChip。
たしかにその通りだ。時間が経てば経つほど、いつ実現できるか判らない夢のようにさえ思えてきていたChipとの再会を今回果たすことができて本当に良かった。Samさんはじめこの偶然と幸運をもたらしてくれた全ての人に感謝したい気持ちでいっぱいだ。そして僕同様に彼もこの再会を心待ちにしていたことが改めて判りとても嬉しかった。
つい「あ〜これで思い残すこともないや」とつぶやいてしまったところ「なにユルいこと言ってんだ!」とロドさんに叱られた!

註1 SONYのデジカメやフォルクスワーゲン等今までに5本のCMに出演.
註2 Chipはインディーズながら今まで5枚のCDを出している.
註3 初めてパリへ向かったのは21歳になる少し前,最初はただの旅行のはずだった.僕の体力的なピークは15歳くらいの頃で,その後徐々に低下している.
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